もみじブログ

お葬式あれこれ

亡くなったあとくらいは。

葬祭部の義積です。

「人は亡くなったら、どうなるのでしょうか。」

葬儀の仕事をしていると、そんなことを考えることがあります。

仏教では、亡くなった人は四十九日の旅に出るといわれています。宗派によって考え方は異なりますが、たとえば浄土真宗では、亡くなるとすぐに阿弥陀仏のはたらきによって浄土に往生し、仏となるとされています。

一方、天理教では、亡くなることを「出直し」といいます。人の身体は親神様から借りている「かりもの」。亡くなると、その身体をお返しし、また新しい身体を借りて、この世に生まれ替わると教えられています。

同じ「死」でも、その先の考え方は違います。

けれど、葬儀の現場でご家族から聞く言葉には、宗教が違っても似たものがあります。

「最後は食事制限で、好きなものが食べられなかった」

「治療で、ずっとしんどい思いをしていた」

そんな話を聞いたあと、

「もう好きなもの食べていいから、棺に入れてあげよう」

と、お酒やお菓子、好きだった食べ物を棺に入れるご家族もいます。

そして、

「もう苦しまなくていいからね」という言葉。

その言葉を聞くと、亡くなった人がどこへ行くのかは分からなくても、残された人がその人に何を願っているのかは、少し分かるような気がします。私は、亡くなった人たちが先に待っている世界があって、そこで久しぶりに会った人たちが話をしている姿を、つい想像してしまいます。

「久しぶりやな。やっと来たか」

なんて言いながら。

生きている間に病気をした人。

家族のことで苦労した人。

仕事や人間関係で悩んだ人。

亡くなったあとくらいは、そういうものを全部リセットして、穏やかに幸せに暮らしていてほしい。

そんな気持ちが、ご家族から伝わってきます。

 

本当のところは、誰にも分かりません。でも、「あの人は、もう苦しまなくていい」と思えること。「どこかで穏やかに過ごしている」と想像できること。それだけで、残された人の心が少し軽くなることがあります。答えの分からないことを抱えたとき、そう思える場所をつくってくれる。それが宗教の役割のひとつなのかもしれません。私は、そんなふうに思っています。

 

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