弘法大師さんでも悲しかったんだ
葬祭部の杉上です。
先日、お通夜式の後でご住職が、弘法大師さんが愛弟子を亡くされた時に残された言葉の一節「哀しいかな 哀しいかな ~」をお話ししてくださいました。その言葉がとても心に残り、後日あらためて調べてみました。
『 哀しい哉 哀しい哉 哀れの中の哀れなり
悲しい哉 悲しい哉 悲しみの中の悲しみなり
哀しい哉 哀しい哉 また哀しい哉
悲しい哉 悲しい哉 重ねて悲しい哉
悟りを開けば この世の悲しみや驚きは
すべて迷いの生み出す幻にすぎないことはわかっています
それでも あなたとの別れには涙を流さずにはいられません 』
弘法大師空海は約1,200年前に真言宗を開いた方で、日本仏教を代表する高僧です。
悟りを開いた高僧であっても、愛する弟子との別れには涙を流された。
そのことに少し驚きながらも、どこかホッとした気持ちになりました。
葬儀のお手伝いをしていますと、ご家族が涙をこらえながらお別れをされている場面に出会うことがあります。
「しっかりしなければ」
「泣いてばかりではいけない」
そんな思いから、悲しみを胸の奥へ押し込めておられるのかもしれません。
けれど、弘法大師さんでさえ悲しみは消えなかったのです。
だから悲しい時は悲しんでいいし、泣きたい時は泣いていいのだと思います。
大切な人を失った悲しみは、その方を大切に思っていた証。
涙があふれるのは弱さではなく、その方とのつながりの深さなのかもしれません。
笑顔で過ごすことも供養。
故人を思い、涙を流すこともまた供養。

弘法大師さんの言葉は、そんなことを私に教えてくださいました。
