人が亡くなるということは、少しずつ離れていくことなのかもしれません
葬祭部の杉上です。
前回のブログでご紹介した「地獄の世界」。
その中に登場した、獄卒三人組の存在が少し気になり、少しだけ調べてみました。
「奪精鬼(だっせいき)・奪魂鬼(だっこんき)・縛魄鬼(ばくはくき)」と呼ばれる三人の鬼は、それぞれ、
生きるための力を抜き取り
魂を体から離し
肉体を土へ還す
役目を持つとされています。

なぜ三人なのだろうと思っていたのですが、そこには「精(せい)・魂(こん)・魄(はく)」という考え方があることを知りました。
昔の人は、人はひとつの存在ではなく、
生きる力である「精」、その人らしさを表す「魂」、そして体そのものの「魄」といった、いくつかの要素で成り立っていると考えていたそうです。
そして亡くなるということは、それらが一度に消えてしまうのではなく、少しずつ離れていく――そんなふうに考えられていたのだと知り、どこか納得する気持ちになりました。
少しずつ離れていくのだとしたら。
納棺のひとときは、すでに生きるための力は静かに役目を終えていても、
その人らしさを表す「魂」は、まだそっと残っている――
そう考えると、ただ身支度を整える時間ではなく、
ご家族がその方らしさに触れながら、ゆっくりとお別れをしていく、大切な時間なのだと思えてきました。
昔の人の考え方に触れることで、納棺はもともと大切な時間だと思っていましたが、
今回あらためて、その思いがより深まったように感じています。
これからの納棺の時間も、今まで以上に大切に向き合っていきたいと思います。
