涙の時間
葬祭部の義積です。
母が亡くなって、19年になります。当時の私は、まだ葬儀の仕事をしていませんでした。大切な人を失った家族の一人として、その現実を受け止めきれずにいました。約一年間、毎日のように泣いていたと思います。仕事中は普通にしていても、一人になると急に込み上げてくる。お仏壇の前に座って小さなお位牌を見て泣き、車を運転しながら涙を流すこともありました。何を見ても、どこへ行っても、母のことを思い出していました。
当時は、「こんなに大切な人がこの世からいなくなったのに、なぜ世の中は何も変わらないように時間が過ぎるのだろう」と思っていました。朝になれば仕事が始まり、季節は変わり、テレビではいつも通りニュースが流れている。自分の中では大きな出来事なのに、世界は何事もなかったように進んでいく。その感覚が、とても不思議で、少し寂しく感じていました。
大切な人を亡くした悲しみを、自分の心が少しずつ受け入れていく過程を「グリーフワーク」といいます。
今振り返ると、私もその時間を過ごしていたのだと思います。大切な人を失った悲しみは、そんなに簡単に整理できるものではありません。悲しみの深さも、その人にとって必要な時間も、人それぞれです。「いつまでに立ち直ればよい」という答えはありません。
だから、泣く日があってもいい。元気になれない時があってもいい。無理に忘れようとしなくてもいいのです。
あの涙の時間にも、意味があったのだと思います。
19年経った今でも、母を忘れたわけではありません。毎朝、仏壇に手を合わせる時、自然と母や父のことを思い出します。ただ、あの頃のように苦しさばかりではなく、日常の中で静かに存在を感じるようになりました。
葬儀の後に、ご遺族から「さみしい」「心に穴があいたようだ」とお聞きすることがあります。
悲しみが消えるのではなく、その人を想いながら生きていけるようになる。グリーフワークとは、そういう時間なのだと今は感じています。

